2008 / 01 / 29 ( Tue )
障害を本当の個性にするためには
私は高校を4つ替えている。不登校、引きこもりも2年間した。様々な原因があるが、一番の理由は、私が「ディスレクシア」だったからである。
ディスレクシアとは、LD(学習障害)の特に読み書きに困難がある人の事を言う。小さい頃から、読み書きには抵抗することが多々あった。授業中、板書をすることが困難だった。読む事、書く事が大嫌いだった。なぜなら、よく書き間違え、読み間違えをしてしまっていたからである。 小学校、中学校は、必死でごまかしながら、高校まで辿り着いた。しかし、そこからが本当の 試練だった。読み、書きは増える一方で、次第に成績も下がり始めた。もちろん、自分自身の努力不足もあったので、全てをディスレクシアのせいにするなんて言語道断。 最近は、「キレる」という言葉と一緒で、『「ディスレクシア」だから、できない。』という言葉をよく聞く。でも、それを全ての原因にするのはいかがなものか。LDの特性を持つ人、持たない人でも、苦手なことくらい誰にでもある。大切な事は、「どの部分で困難が生じて、できないのか」ということである。 自分自身にその原因究明をしないと成長できない。しかし、自分一人だと、マイナスに自分を追い込むことがあるかもしれない。そこでは伴走者の存在が必要不可欠であると思う。そこがわからないと、学校でも社会でも、危険を回避する為の手段ではなくて、逃避を促す手段になってしまう。これでは、様々な課題を持っている人達は、自分の足で立ち上がる事は難しいのではないか。特に発達障害を持つ人達は、学校や社会では厄介物として扱われてしまう。軍服主義的な行動ができないからである。 つまり、今までの教育が不適合な人達なのである。自分は昔から、「何かに操られているのではないか?」という疑問ばかりあった。あたかも、素晴らしいもののように教えられているものが実は、偽物なのではないか、と。 ディスレクシアの人達に「漢字を100回書けば、覚えられる」ということは、残念ながら、当てはまらないのである。しかし、発想の転換で、その漢字を図形として捉えたり、他のイメージで覚える事ができれば、意外に覚えが早かったりする。 しかも、ここで大事な事は、自分がどのようにしたら、読み易いのか、書き易いのかを、形はどうあれ自ら発する必要がある。つまり、自己主張ができるようにならないと、支援ばかり望んでも「棚から牡丹餅」なのである。 私は、学習コーチングで光の射す方へと導かれた人間である。ディスレクシアだから適合したわけではなく、ディスレクシアと知ったのは、コーチングを受けた後だったので、基本的にこの理念が適合しているのである。 教えられることが困難なら、自ら発していく道(未知)を選んで行く必要がある。そこには、コーチが必要。そして、内省した結果、自分のできなさにも多く気づく事にもなるが、自分の偉大さにも気づくことになる。 否定をされないことが何より嬉しい。違う形のものって、見た事がないので、皆警戒する。そして、唾を吐きかける。でも、コーチは絶対にそんなことをしなくて、冷静に受け止めてくれる。 今、最も発達障害を持つ人達が求めているのは、「承認」である。 支援者が増えたからって、自分の声を聞いてもらえず、既存のレールに乗せられたら、その時はいいかもしれないが、「自立」を目標とするのであれば、教育的トレーニングも必要であるが、「自ら動く力」を養う必要がある。まさに「自活力」である。これを身につける事が、社会に出た時に学校の二の舞にならない最も効果的なものであると信じて疑わない。 これからも、コーチングの重要性を、講演や執筆活動を通じて、微力ながらも世の中の人達に伝えていきたい。それが、私現在のミッションである。 by南雲 |
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できること・得意なことをたくさん見つけて、そこを生かして苦手な部分を補おう! 苦手な部分は回りに手伝ってもらえばいいんだよ。 あなたは、得意なことがたくさんあるよね。 素晴らしい!!
by: 拓ママ * 2008/02/21 15:33 * URL [ 編集] | page top↑
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