学習コーチアカデミーからのお知らせ
1. 生徒の体験コーチング募集!
  本校の特徴は、学習コーチと呼ばれる担任が、生徒一人ひとりの学習スタイルに合わせ、卒業まで伴走することです。そのコーチの質問により、自らの資源を引き出される感覚、定期的な振り返りを受ける感覚を体験することが可能です。現在の状況をリセットし、新年度より新たな環境でがんばろうとする生徒さまに、ご紹介いただければ幸いです。
2. 教員向け、体験コーチング募集!
  同じく、教員の方々に対しても、無料で1ヶ月の体験コーチングの機会を提供しています。学習コーチングは新しい教育メソッドです。われわれは今、教員を通した生徒たちの変化の事例を創造しています。是非、ご協力ください。同サービスは、人数に限りがありますので、ご了承ください。

※上記の詳細は、佐々木までご連絡下さい。
hiroshi.sasaki@coaching-academy.jp
Tel 03-3446-2546
2008 / 01 / 30 ( Wed )
あなたは起業家を何人知っていますか
1月25日アットマーク国際高等学校のオープンキャンパスで
「産業社会と人間」の授業をおこなった。
『あなたは起業家を何人知っていますか』と
題して、
歴史的な起業家、今も活躍する「生きた伝説」となっている
起業家たちの写真を並べたプリントを
生徒たちに配った。

1)「この中で顔と名前の一致する起業家はだれ?」
と聞くのが最初の発問だ。
10分間の時間を設定して
生徒の中の、起業家に関する知識を測り、イメージの吐露を促す。
プリントに挙げた人は以下のとおり。
■スティーブ・ジョブス(アップル)
■ビル・ゲイツ(マイクロソフト)
■レイ・クロック(マクドナルド)
■ハワード・シュルツ(スターバックス)
■ラリー・ページ/セルゲイ・ブリン(グーグル)
■リチャード・ブランソン(ヴァージン)
■ジェフ・ベゾス(アマゾン・ドットコム)
■小林一三(阪急)
■鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス)
■ムハメド・ユヌス(グラミン銀行)

生徒の多くがビル・ゲイツの名前を挙げた。

25分かけて、上記の起業家たちのプロフィール、
起業した背景・動機、業績・足跡を解説する。

スティーブ・ジョブス、レイ・クロックらは生徒たちの
生活にも関わっているため食い入るように話を聞いてくれた。

マクドナルドの創業物語には、
最初興味を示さなかった生徒も、目をらんらんに
輝かせてきた。

そのあとの発問は下記のとおり。
問うたあと、一人で考える時間を取り、隣の生徒とのディスカッションの時間を
取り、2人の生徒を指名し、代表的な意見をピックアップ、
それらに賛同する生徒の数を予想する発問をする。
そうすることによって、自分の意見と他の生徒との意見の相違が気になり、
次の発問への関心が高まり、集中力が高まる。
2)歴史を変えた、と思える起業家は?。またどのような点がすごいのでしょうか?

3)あなたにとってなくてはならない企業は?

4)あなたが必要としている商品やサービスを考えてみよう

5)感想、質問、意見等

果たして生徒たちの感想はいかに?
多くの生徒の感想は、「知らない話ばかりでびっくりした」
というものだった。

起業をし、人類のライフスタイルを一変させることが
どんなに素晴らしいことか、どんなに偉大なことか、
雇用を生み出すことがどんなに価値あることか。
納税を通して社会にどれほど貢献しているか。
またそれを支えてきた起業家たちの苦悩はどうだったのか。

そんな起業家学を高校年代に学ぶ機会を提供したい。
アットマーク国際高等学校を世に問う大きな命題の一つである。

ホリエモンばかりが起業家ではない。
世界には想像を遥かに超えるすっごい、ぶっとんでいる
起業家が山ほどいるのである。

授業後は、生徒が教壇に集まり、いつ終わるともしれない起業家談義が
続いた。

私の知らない質問に対しては、
「それは私も知らないね。調べてわかったらメールしてくれる?」と言う。

「はい、先生も調べてよー。持ち寄って議論しようよ」と言われたから
たまらない。

コーチングを授業に取り入れようと苦心したある日の風景だった。

by 日野
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2008 / 01 / 29 ( Tue )
障害を本当の個性にするためには
私は高校を4つ替えている。不登校、引きこもりも2年間した。様々な原因があるが、一番の理由は、私が「ディスレクシア」だったからである。

ディスレクシアとは、LD(学習障害)の特に読み書きに困難がある人の事を言う。小さい頃から、読み書きには抵抗することが多々あった。授業中、板書をすることが困難だった。読む事、書く事が大嫌いだった。なぜなら、よく書き間違え、読み間違えをしてしまっていたからである。

小学校、中学校は、必死でごまかしながら、高校まで辿り着いた。しかし、そこからが本当の
試練だった。読み、書きは増える一方で、次第に成績も下がり始めた。もちろん、自分自身の努力不足もあったので、全てをディスレクシアのせいにするなんて言語道断。

最近は、「キレる」という言葉と一緒で、『「ディスレクシア」だから、できない。』という言葉をよく聞く。でも、それを全ての原因にするのはいかがなものか。LDの特性を持つ人、持たない人でも、苦手なことくらい誰にでもある。大切な事は、「どの部分で困難が生じて、できないのか」ということである。

自分自身にその原因究明をしないと成長できない。しかし、自分一人だと、マイナスに自分を追い込むことがあるかもしれない。そこでは伴走者の存在が必要不可欠であると思う。そこがわからないと、学校でも社会でも、危険を回避する為の手段ではなくて、逃避を促す手段になってしまう。これでは、様々な課題を持っている人達は、自分の足で立ち上がる事は難しいのではないか。特に発達障害を持つ人達は、学校や社会では厄介物として扱われてしまう。軍服主義的な行動ができないからである。

つまり、今までの教育が不適合な人達なのである。自分は昔から、「何かに操られているのではないか?」という疑問ばかりあった。あたかも、素晴らしいもののように教えられているものが実は、偽物なのではないか、と。

ディスレクシアの人達に「漢字を100回書けば、覚えられる」ということは、残念ながら、当てはまらないのである。しかし、発想の転換で、その漢字を図形として捉えたり、他のイメージで覚える事ができれば、意外に覚えが早かったりする。

しかも、ここで大事な事は、自分がどのようにしたら、読み易いのか、書き易いのかを、形はどうあれ自ら発する必要がある。つまり、自己主張ができるようにならないと、支援ばかり望んでも「棚から牡丹餅」なのである。

私は、学習コーチングで光の射す方へと導かれた人間である。ディスレクシアだから適合したわけではなく、ディスレクシアと知ったのは、コーチングを受けた後だったので、基本的にこの理念が適合しているのである。

教えられることが困難なら、自ら発していく道(未知)を選んで行く必要がある。そこには、コーチが必要。そして、内省した結果、自分のできなさにも多く気づく事にもなるが、自分の偉大さにも気づくことになる。

否定をされないことが何より嬉しい。違う形のものって、見た事がないので、皆警戒する。そして、唾を吐きかける。でも、コーチは絶対にそんなことをしなくて、冷静に受け止めてくれる。
今、最も発達障害を持つ人達が求めているのは、「承認」である。

支援者が増えたからって、自分の声を聞いてもらえず、既存のレールに乗せられたら、その時はいいかもしれないが、「自立」を目標とするのであれば、教育的トレーニングも必要であるが、「自ら動く力」を養う必要がある。まさに「自活力」である。これを身につける事が、社会に出た時に学校の二の舞にならない最も効果的なものであると信じて疑わない。

これからも、コーチングの重要性を、講演や執筆活動を通じて、微力ながらも世の中の人達に伝えていきたい。それが、私現在のミッションである。

by南雲
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2008 / 01 / 28 ( Mon )
わが子であるがゆえ
わが子であるがゆえ


2学期に、教科書の内容に関連して,自分の「先入観」について考えるという授業をした。自分が自分以外の人・ものに対して持っている先入観を考えた後、自分自身に対するマイナスの先入観についても考えてもらった。発表をしてもらうなかで複数出てきたのが、

「親に『どうせあなたには無理よね』と言われたので、無理だと思ってやめてしまった」
「親に『あなたは頑張りがきかない子だ』と言われたことがあるので、私は頑張れない子だと思っている」

などという、親からのひとことによって作られた、自分自身へのマイナスイメージだった。


実は私も、あまりにも国語ができない小学校高学年の頃の長男に対して、

「なんでこういう答えになるのか全く理解できない!」
「信じられないほど国語ができない!!」

などの言葉を、勉強を見ながら何度も浴びせていた経験がある。つい我慢できずにガーツと言い、そして自己嫌悪、の繰り返し。その息子が中2の頃、塾の先生に、

「どうも自分の国語の解答に自信が持てないでいるみたいなんですよ…。」

と首をかしげられた。国語はどうせできないから…。息子はそう思い込み、またそれを自分に対する言い訳にもしてしまっていたのだろう。私はその時になって初めて、自分が使ってきた言葉の罪を思い知らされた。仕事では使わないきつい言葉を、わが子には使ってしまう。先日のあるセミナーでも、多くのお母さんたちが言っていた言葉だ。


わが子とのコミュニケーションは、わが子であるがゆえの難しさがある。期待、思い込み、価値観、甘え、いろいろな親の気持ちがごちゃまぜになってわが子に向かっていく。

「私の子どもなんだから、これ位当然できるはずだよね!」
「私の価値観からすれば、ここは当然こう行動すべきだったでしょ!」
「何度も言っているのにお母さんの気持ちがなぜわからないの!?」

怒り続けているときの私は、このような気持ちが凝縮されて硬くなっているボールを、次から次へと、自分が投げ疲れるまで思い切り子どもにぶつけ続けているイメージだ。


コーチングではよく、「コミュニケーションはキャッチボール」というが、これでは、キャッチボールは全く成立していない。あのとき息子は、ただ、投げられるまま、体にぶつけられるままそこにいるしかなかった。

どういうボールで、どういうキャッチボールを子どもとしたいのか。授業は、そんなことをもう一度考えてみるいい機会にもなった。

by 白川
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2008 / 01 / 23 ( Wed )
子どもと共に成長する
ときには、子どもと肩を並べてみる

○ ある有名国立大学の学生が、家庭教師の経験談をシェアしてくれた。彼女いわく、自分が苦手な教科の方が、生徒からの評価が良かったというのである。これは非常に興味深い話だ。

○ 一般的に考えれば、得意教科の方が教えやすく、苦手な教科は勉強もしなければならないので、教えにくいはず。しかし、授業を受ける生徒は逆の反応をする。

○ 想像するに、苦手な教科を教えるときの方が、生徒と同じ目線になれるからではないか。よく「一流の選手が一流の監督になれるわけではない」といわれる。ついつい「なんでこんなプレーもできないんだ」と感じ、選手にプレッシャーを与えるのだろう。

○ コーチングをするときの子どもとの関係は対等である。すくなくとも、意識の上では。そうすると、本来の「自己決定・自己責任」の態度を養成するコーチングの理念からすれば、コーチの苦手な分野をコーチングしたときの方が機能するとも考えられる。

○ 教師がコーチングをするときの最大の壁は、「教師たるもの、子どもの前では万能の神でなければならない」という先入観である。これだと、教師の不得意な分野は、手を出しにくくなる。総合的な学習の時間やキャリア教育に対し、多くの教師が手を焼いているのはこのあたりの考えが邪魔をしているのではないかと考える。

○ では、分からないことを聞かれたときにはどうすればいいのか。「それはいい質問だね。先生も知りたいな。調べて教えてくれない?」と切り返せばいい。または、「それ、一緒に調べてみようか」と、同じ目線になる。向き合う目線から、肩を並べてネット画面に見入るイメージだ。この姿勢に子どもは、教師への信頼感に加え、親近感を抱くに違いない。教師も子どもの目線になれ、新鮮な気づきがあるはずだ。

○ コーチングに関していえば、「コーチは子どもと共に成長する」という気持ちがある方が機能するのである。
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2008 / 01 / 15 ( Tue )
医学部へ行きたかった歯学生
○ 某歯科大学の教員から、大変興味深い話を伺ったので、シェアしたい。彼の担当する学生の様子がおかしかったので、声を掛けた。「どうした、最近元気が無いがなにかあったの?」すると学生は次のように言った。「ぼくは、本当は医学部に行きたかったんです。このまま歯学部で勉強を続けて歯医者になるのは、本望じゃないんです・・・」。

○ 教員は、受容と共感の姿勢で彼の気持ちを承認した後、「じゃあどうしたいの?」と、聞いた。すると、彼は思いのたけをしゃべった後、「やっぱり、もう一度親を説得して、来年の医学部の試験を受け直す」と、内省した。教員は彼の意思を尊重し、具体的な行動計画を訊いていった。

○ 学生はその日から毎朝4時に起き、ランニングを課した後、苦手な英語を集中的に勉強していった。その集中力には、周囲も目を見張った。そしてその結果・・・

○ 残念ながら、彼の努力は実らなかった。医学部の試験に落ちたのである。大切なのはここから。教員はその学生に聞いた。「今、どんな気持ち?」すると、意外な答えが返ってきた。「先生、ぼくはこれで気持ちがスッキリしました。やるべきことはやったし、思い残すことはありません。これで歯医者になることに集中できます!」。彼はそれまで以上に熱心に学業に取り組んでいるという。

○ コーチングでは「未完了」という言葉をよく使用する。「部屋を掃除していない」「大事なメールに返信していない」といったことがそれだ。一つひとつを見ればたいしたことではないが、多くなってくると、目標達成に向けた行動の足かせとなる。いつも気にかかってしまうのだ。だから、目標に向かうときには、これらの障害物を取り除いておく必要がある。「未完了を完了する」ことだ。

○ 前述の学生にとって、医学部への再チャレンジは、人生最大の「未完了」だったのである。教員はその「未完了」に対する学生の気持ちを汲み取り、指示するわけでもなく彼の意思を承認した。結果、不合格となったが、彼は自己決定し、自己責任をとり、現状に正面から向き合うことができたのだ。このとき、教員や保護者の指示命令があったら、彼は一生歯医者の仕事に疑問を感じながら仕事をすることになっていただろう。

○ 進路選択では、親や学校の意向と本人の意向がぶつかることが多々ある。アドバイスは必要だ。しかし、最後に決めるのは、人生の主体者である子ども自身であることを忘れてはならない。
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2008 / 01 / 12 ( Sat )
背筋が伸びる
背筋が伸びる

○ クライアントである受験生の一人が最近悩んでいる。その悩みとは、「受験科目以外の学校の授業(二科目)で内職している。本当にそれでいいのかと、心が痛む」という。彼はサッカー選手であり、マネジャーも勤めていた。人とのつながりを大切にする人間なのだ。

○ 合格することが目の前の最大目標であれば、その程度は許させるものではないかという思いがめぐった。しかし彼はそうではなかった。彼に内省してもらった。「内職をしなくても合格するかもしれない。したとしても、不合格になるかもしれない。いずれにしても、内職をせずに受験に臨むことは、君にとってどんな意味があるんだろう」

○ 彼はきっぱりと答えた「人間的に成長していると思います!」。彼は目の前の受験を、自らを成長させる一つのプロセスとして捉えることができる人間なのだ。自分の利益を最優先する社会にあって、彼のその一言を聞いて、背筋の伸びる思いがした。

○ とは言うものの、彼の中にはもやもやとしたものが残る。一度整理させた。「受験もあと二ヶ月間だね。週に2科目のその授業を内職することで、受験勉強の集中力を何割くらい下げるという感覚がある?」彼は「思いが強くなるときは、2〜3割くらい集中できなくなる。でも、はっきりとは言えない」。

○ 学習コーチングで言うところのリクエストをした。「じゃあ、今週は内職せずに、その科目も一生懸命がんばろうよ。で、そのことによって、受験勉強に集中できるのかどうか、試してみない?」。彼は答えた。「そうですね。グタグタ考えていても始まりませんね。まずは、試してみます」。

○ 相手が高校生であっても、彼らの行動や信念から多くのことを学ぶことができる。コーチングは、コーチをも成長させるコミュニケーションだと再確認した。
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2008 / 01 / 10 ( Thu )
「ありのまま」を承認する
「ありのまま」を承認する

○ 先日都内のファミレスで仕事をしていたときのこと。お二人の年配の女性が隣のテーブルについた。まもなく、一人の若い女性ウエイトレスがその二人に注文をとりに来た。そのときのちょっとした声がけが印象的だった。

○ 彼女は、お客のうちの一人に注目するや、次のような言葉がけをした。「あれ、今日はお洋服なんですね。いつもはお着物なので、また違った雰囲気ですよね」。コーチングで言うところの承認である。

○ 言われた女性は「あら、そお?うれしいわね」。と声を弾ませる。ここで留意したいことは、ウエイトレスは褒めたわけではないという点だ。承認というと、とかく「いいとこ探し」のように捉えられがちだが、その限りではない。

○ 真の承認とは、相手のありのままの状態を承認すること。それだけで、当人は「自分のことを気にかけてくれている」という気持ちになる。

○ たとえば、「英検2級を受けることにしました」と、声を弾ませて報告してくれた子どもいたとする。一般的には、「すごいじゃん。がんばれよ」と、賛辞を送るところだろう。もちろんそれもありだ。特に自己肯定感の低い子が決意したときには「君がチャレンジしてくれて、わたしも嬉しいよ」などと、Iメッセージで承認することも必要だ。

○ しかしこれをやりすぎると、「今度は何に挑戦したら先生は喜ぶだろう」と、先生の評価を気にするようになり、子ども自身の軸がなくなる可能性がある。

○ このようなときには「なんか、英検2級受けることにして、燃えてるようだね」と、相手の状態を承認する。肯定も否定もしない。それで十分なのである。子どもは学習の主体者であって、先生やコーチを喜ばす存在ではないのだから。ウエイトレスの言葉でそのことを再確認した。
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